書籍・雑誌

『平安妖異伝』平岩弓枝

平岩弓枝の『平安妖異伝』&『道長の冒険 平安妖異伝』(いずれも新潮文庫)を再読してました。
先日、片付けをしていたら、ひょっこり文庫本が顔を出してきたので、つい読み返しちゃってね。

物語の主人公は藤原道長
教科書の「平安時代の摂関政治」のところに出てくるアノ彼です。

実は、私、彼のこと、結構気に入っているんです。
教科書で習った時は、好きになれない人物だったんだけどね。
『大鏡』という平安時代に書かれた歴史物語を読むうちに、道長の魅力に惹きつけられちゃういました。
今ではお気に入りの歴史人物のひとり!

『大鏡』という物語は、道長の死後に書かれたものだし、史実を元にしているけど、フィクションの部分も多い。
でも、実際の道長って、周囲に気配りができる人間だったようだし、他人の実力を認められる人物だったようです。
それでいて、ザルだった部分もあって、彼直筆の日記が今も残されているのですが、几帳面とは言い難い書き方で記されていたようです。

この物語は、そんな彼の若かりし頃の姿を主人公にしたもの。
ただし、歴史小説というよりはファンタジーに属する作品なんだけどね。
一番近い作品をあげるなら、夢枕獏の『陰陽師』
それの道長版って感じの物語なんです。

『平安妖異伝』の方は370ページ弱の本の中に10話入っている短編集。
道長の身近で起こった不可思議な事件、その謎を解いていくという物語。
ただし、道長には晴明のような特殊能力は持ち合わせていないので、その部分を補ってくれるキャラクターがいるんです。
それが異国の血を引き、あらゆる楽器に通じているという少年・秦真比呂
そして、10編の短編を読み進めていくうちに、真比呂への謎が深まっていくという趣向も用意されています。
最後まで読み通すと真比呂の正体も明かされます。

対して、『道長の冒険 平安妖異伝』の方は、長編仕立て。
と言っても、250ページほど文庫ですから、手軽に読み終えちゃうんですけどね。
前作で真比呂と別離した道長に、「真比呂を救って欲しい」と依頼される。
彼を救うため、道長は異界へと旅立つ、というファンタジー。
このため、こちらは前作以上に歴史的な出来事が絡んでない内容になっています。

個人的には前作の、平安時代の空気が味わえる短編集の方が好きなんですけどね。
話も一話一話切れが良くて面白かったし……。
でも、歴史に興味がない人は続編だけ読むのも手かと?
藤原道長を知らなくても十分読めるし、いっそのこと、同名異人と割り切って読んじゃうこともできるし……。

ただ、この道長像、道長贔屓の私から見ても、いい男に描きすぎって感じます。
でも、教科書から受けた道長像よりも真実に近いと思うけどね。

2年ぶりくらいに読み返したけど、面白かった!

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漫画家の女房

今から十数年以上前のことですが、編集プロダクション・スタジオハードの高橋社長に会った時のこと。
その頃、『漫画新聞』だったのかな~? 手塚治虫夫人がそこで自伝のようなものを連載していたようなんです。
それを愛読していた高橋社長が
「これ、面白いんだよ。NHKの朝ドラの原作にすればいいのに」
そんなことを話されていたんです。

手塚夫人は、ご自身は脚光を浴びるような活動はされてこなかったと思います。
ですが、“漫画の神様”の伴侶となられ、神様の奥様だからこそ見てこられてきた手塚治虫像。
そして、そのご苦労。
それらはドラマの原作としてふさわしいものだったんだと思われます。

ただ、残念ながら、手塚夫人が書かれたものは、私は未だに読んでいないので、それ以上、何も言えないのですが……。

さて、5月に図書館に予約した本がようやく借りることができました。
武良布枝さんの『ゲゲゲの女房』(実業之日本社)
タイトルで気づかれた方もいらっしゃると思いますが、武良布枝さんは水木しげる先生の奥様。
そう、この本は水木しげる夫人の自伝です。

この本を読んで、今更ながら、高橋社長が手塚夫人の自伝を読んでいた時の気持ちがわかったような気がしました。

『ゲゲゲの女房』、NHKの朝の連ドラの原作にするべきです!

水木先生と奥様が結婚されたのは昭和36年1月のこと。
まだ、水木さんは貸本漫画家として生活していた時のことです。
貸本出版社に原稿料を値切られたり、踏み倒されたりするような貧乏生活。
そして、『月刊ガロ』の時代。
『少年マガジン』からの依頼。
『悪魔くん』のドラマ化、『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメ化。

水木先生の活躍によって変化していく家の状態。
それが奥様の目で、克明に記されていました。

ただ、ご夫婦の貧しさですが、たぶん、ほとんどの家庭が似たり寄ったりだったんじゃないでしょうか?
ここまでは貧乏ではなかったかもしれないけど、私が生まれ育った頃は、どこの家も似た感じだったように思うんです。
そして、漫画家として成功は、普通の家よりも大きかったとは思いますが、同じように少しずつ、家が豊かになっていったのも、同じ頃だったんじゃないでしょうか?
ある意味、特別な家庭ではあるけれど、あの時代の流れだと、似たような感じで、皆が豊かになっていったように記憶してるんですが……。

水木しげる資料としては、水木先生自らが自伝的な漫画を描かれてますから、目新しい話はないのかもしれません。
けれど、漫画家の奥様から見た漫画家の生き様が鋭く描かれていると思います。

中でも、ちょっとした夫婦げんかって言うのかな、その辺りが読んでいて、面白くって……。

売れっ子作家になったものの、自分の家族だけでなく一族、そしてアシスタント。
それら全ての生活を一身に背負い、不安と孤独と戦っていたんでしょうね。
奥様としては、普通の会話も出来ない状態になり、一種のストレスの捌け口としてだけの存在になってしまい、つらい時もあったんだと思います。
それ故の奥様からの反撃。

もっとも今の私から見たら、何て出来た奥様なんだろうって、頭が下がります。
我慢が当たり前だった時代に育った人なんだな~って。

同時に、傲慢にも見えた水木先生の態度も、私の親の世代の父親って、責任感が強かったからな~って感じたんです。
自分の好きな道を歩んでいるけど、私事より、周囲の生活を守るため、頑張り抜く姿。
これがあったから、亭主関白でも許されたんだと思いました。

それだけに、今の水木先生が、愛妻家になっていて、子供や孫を可愛がる好々爺になっているのが、かわいくて。
何だか、親を見ているような気持ちになってしまいました。

読みたいと思ってから、二ヶ月半待ちましたが、待ったかいがありました。
同時に、このタイミングで借りて読んだことだけは、ちょっとだけ複雑な心境かな。
……赤塚先生の訃報。
そして、その三日前に前の奥様が亡くなられていたこと。
そのことがあっただけに、ちょっとね……。

心が温まりつつ、自分の親世代の暮らし方を感じつつ、漫画家の女房の大変さを感じる一冊。
できれば、早く、文庫化して欲しいものです。
もっと、たくさんの人の手に回るためにも……。
そして、文庫化された時には、必ず、蔵書の一冊に加えようと思っています。

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『江戸の悪霊祓い師(エクソシスト)』

高田衛・著『江戸の悪霊祓い師(エクソシスト)』(筑摩書房)読了。
前から、この本のことは気にかかっていたんだけど、京極夏彦さんの『妖怪大談義』で、京極夏彦×高田衛の対談を読み、無性に読みたくなってしまったんです。
高田さんは、国文学者さんなのかな?
『南総里見八犬伝』とかの研究もされている方のようです。

さて、子供の頃、読み聞きした怪談話、『四谷怪談』『番町皿屋敷』『累ヶ淵』
この中で一番怖く感じたのは『累ヶ淵』でした。
『四谷怪談』も『番町皿屋敷』も怖かった。
女性が陥れられ、その恨みを晴らそうとする怨霊の話でしたから……。
でも、それ以上に『累ヶ淵』が嫌だったんです。

さて、渋谷と横浜を結ぶ東急東横線の駅に“祐天寺”という駅名があります。
これは駅の近くに祐天寺というお寺があるから名付けられた駅です。
この祐天寺というのは、18世紀の江戸時代にいた祐天上人というお坊さんにちなんだお寺なんです。
そして、祐天上人というのは『累ヶ淵』で悪霊を追い払ったお坊さんなんです。

今回読んだ『江戸の悪霊祓い師』には、『累ヶ淵』の原案となった羽生村事件が解説されている本でした。
それだけでなく、その時に活躍した祐天上人がどういう人物だったのかも解説されていました。

今まで『累ヶ淵』という話は、醜い連れ子・助を嫌った夫の命で実母が子殺し。
その後、その夫婦の間に生まれた累は、殺された異父兄とそっくりの容姿。
その累が成長し、夫を迎えると、やはり醜い容姿を嫌われ、異父兄が殺された場所で、彼女も夫に殺害される。
その後、累の夫と後妻との間に生まれた菊に累の悪霊が取り憑く。
そういう話だと思っていました。
まぁ、粗筋的には間違いじゃないんですけどね。

どうやら、この話はそれだけでは済まないものが他にもあったようなんです。
それは、この事件が起こった村が抱えてていた暗部。
そういうものも、この話には隠されていたようです。

そして、この時に祐天上人が悪霊祓いをした手順のようなものも書かれていて、それも興味深いものでした。
文面から浮かんでくるものは、まさに映画『エクソシスト』そのものでした。

この本は『累ヶ淵』という怪談を知るのには欠かせない本だと思います。

また、祐天上人という人物。
それまでは、虐げられた女性や、幼くして亡くなった子の霊は放置されていた。
それらを供養することによって、心の救済を図った人物のようです。
そのため、江戸の人たちに大変支持され、大奥の女性達の心を大きく捉えていったらしい。

しかし、若い頃の彼は経文すら覚えられない落ちこぼれの人物。
それが心の救済をすることによって支持を集め、最終的には徳川家が信仰していた浄土宗のトップまで上り詰めていく。

祐天上人の伝説を追いかけた学術書ではあるけど、ヒーロー小説を読むような感じで読むことができました。
うーん、調べがいがある人物だな~。

この本は学術書である分、若干、難しい部分もありますが、江戸時代の怪談に興味がある人にとってはお奨めの一冊だと思います。
今回、図書館で借りたのは単行本でしたが、どうやら、同名の本が筑摩文庫で出ているようです。
いずれ改めて、文庫版を手に入れ、じっくりと読み直そうと思いました。

最後に……。
この本のお陰で『累ヶ淵』の話が、前ほど怖くなくなったかな?
これは人それぞれだと思いますけどね。
単に、私の場合は、事件の見方を変えたことによって、怖かった部分が違った絵に見えてきたお陰だと思います。

あとね、実は私、畠中恵さんの『しゃばけ』に出てくる、上野の寛朝サマ。
この祐天上人がモデルじゃないかな~って、ちょっと思っていたんですよ。
実際はどうであれ、この本を読んだら、その気持ちがより高まってしまいました。

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アヤシイ探訪記『うわさの神仏』加門七海

加門七海の『うわさの神仏 日本闇世界めぐり』(集英社文庫)読了。
この本は、今年の集英社文庫の夏のフェア「ナツイチ」の1冊に選ばれていたので読みました。

加門七海さん、ホラー小説家さんって言うべきかしら?
でも、私の中ではアヤシイ伝説等をエッセイ形式で紹介してくれる方って印象が強いです。
もしくは『本当にあった怖い話』で、ご自身の霊体験をJETさんによって漫画化されている方?
この本は、そんな霊感の強い加門さんが書かれた、神様仏様のお話と、取材ルポを集めた一冊でした。

この本は二部構成に分かれていて、一部は表題作の『うわさの神仏』、二部は『うわさの現場』というタイトルになっています。

まず、第一部の神様仏様のお話ですが、祟り神とか、怪しげな伝説を持っている方ばっかり!?
でも、日本の神様ってアヤシゲで面白いですからね。
まぁ、内容的にはホンの触りって感じでしたが、入門書としては読みやすい本だと思います。

第二部は怪しげな場所へ彼女が取材に行った時の探検ルポ。
安倍晴明伝説の地を巡ったり、鎌倉の闇の部分を探ったりしていました。
そんな探検ルポの中には、取材中に彼女が感じた心霊体験まで書かれていたんです。
恐怖体験談ものが好きな人にとっても楽しい本だと思う。
いや、この程度では、マニアには物足りないかな?

さて、その第二部には、私の故郷・静岡のアヤシイ場所も紹介されていたんです。
タイトルは「天狗を訪ねて三千里 静岡」

この本を読んで、思い出したんだけど、静岡県の西部地区、遠州(えんしゅう)地方=遠江(とおとうみ)って、天狗サマの人口密度が多い土地だったんだよね。
寺や神社に天狗を祀ってあるところって多かったんですよ。
ただね、その土地で暮らしていると、それが当たり前だと思うから……。
他の地域でも、こんな感じなんだと思い込んでおりました。

そんな天狗サマの中でも、一番有名なのが秋葉山三尺坊。
遠州地方の山間部にある秋葉山秋葉寺や秋葉神社に祀られている天狗サマです。

この秋葉神社って言うのが、今や世界的に有名になった“秋葉原”の地名の由来となった場所なんです。
秋葉神社というのは火防(ひぶせ)に対して霊験あらたかで、防火のため、江戸に勧請されたんです。
その勧請された場所を秋葉原と呼ぶようになったとか。(今も秋葉原駅構内に残っているとか?)

さて、秋葉神社ですが、加門さんが訪れてみたら、社殿が新造されて間もない状態で、豪華絢爛な状態。
古式ゆかしい社殿じゃなかったから、そこはかとなく、文面に不満顔が覗いておりました。
でもね、それにはちゃんとした理由があったんですよ。
秋葉神社の旧社殿、火災で焼失してたんです。

ずいぶん前に、これに関して、父に聞いたことがありました。
「火防で御利益がある神社が燃えちゃって、氏子は愛想尽かさなかったの?」
そう聞いたら、父が教えてくれたんです。
「身代わりになってくれたって、考えるんだよ」

そうか! そういう風に捉えることができるんだ!
だから、新しい社殿のために、みんなが浄財を集められるんだ!
で、豪華絢爛な社殿ができた訳だ。

それにしても、日本人の神様に対する態度って、すげーなって思うんですよ。

神様って祟るんです。
生け贄も欲するんです。
ダークな部分があるんです。

でも、いざ、事が起こった時には、日本人は神様に対して御利益を寄こせと迫るんです。
その挙げ句、神様自身を生け贄に捧げたり、契約を守らなきゃ、神様をゴミ扱いする。

“てるてる坊主”が、いい例じゃないですか。
晴れにしなきゃ、首をちょん切る。
これが日本人が行う神様への扱いなんだよね。

そんな日本の神様のことを知ってみたい。
怖おもしろくて、アヤシイ話を楽しんでみたい。
そんな方に、うって付けの一冊でしたよ。
日本に伝わる不思議話の入門書として、いかがすか~?
ちょっとだけ、納涼気分も味わえましたね!

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挿絵萌え『南総里見八犬伝』

図書館の児童書のコーナーで、素敵な本と出会えました。
偕成社から出ている『南総里見八犬伝』全4巻
編著は浜たかや、画は山本タカト。

滝沢馬琴……本当は式亭馬琴と書くべきですが……の『南総里見八犬伝』
これって、粗筋紹介本でも、途中で終わっていることが多いんですよ。
大抵、犬江親兵衛が成長した姿で現れた辺りで終わっていることが多い。
ところが、この児童書、最後まで書かれているようです。

大喜びで、早速、借りてみました。

最終巻の後書きで、編著に携わった浜たかや氏が説明していましたが、子供に楽しんでもらえるように、原案を一部、書き換えたとのこと。
うん、しょうがないですね。
これまでに読んできていた解説書を読んでも、最後の方って、どうして、こんな展開になるんだ? って思う部分が多いんだもの。
とりあえず、大筋を掴んでおいて、面白いと思ったら、原文にチャレンジするのが一番なんでしょうね。
だって、人形劇の『新・八犬伝』、薬師丸ひろ子が主演した映画『里見八犬伝』、滝沢君が演じたドラマ、どれもアレンジしてましたものね。

さて、この本の最大の魅力、それは挿絵だったんです。
山本タカトさんの作品を見たのは、たぶん、初めて。
でも、すごく色っぽい絵だったんです。
表紙のカラーイラストも素敵ですが、それ以上に挿絵として描かれた白黒の絵がドキドキするほど色っぽい。

その絵を見ているうちに思い出したことがありました。
たぶん、私が『八犬伝』に出会ったのは、人形劇が最初じゃないんです。
小学校一年生の時、教室に学級文庫という形で、何十冊かの本が置かれていました。
その中に、子供心に好きな挿絵の本があって、その本を1年間、繰り返して読んでいました。
それが『八犬伝』だったんです。
子供の頃に一目惚れした挿絵と、山本タカトさんの描く絵が似ているような感じがしました。
もっとも、山本タカトさんは1960年生まれの方なんですけどね。

ただ、彼の描く絵は、良い意味で昔風の絵なんだと思います。
だからこそ、『南総里見八犬伝』にぴったり合っていたんでしょうね。

もし、お近くの図書館で、この本が置いてあるようでしたら、是非、見てくださいな。
もちろん、挿絵だけでなく、文章も良い本ですよ。
ほぼ、原作に近いこの本で『南総里見八犬伝』の世界を楽しんで見てください。

いかん、アマゾンで調べたら、古本が安く手に入る。
この挿絵目当てで買い集めそう……。

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『女人平家』吉屋信子

7月20日の朝日新聞・文化欄に、吉屋信子の特集記事が載っていました。
『花物語』を初めとした吉屋信子が発表した少女小説こそが、先日亡くなった氷室冴子や、今野緒雪の『マリア様がみてる』といった少女小説の原点であり、『NANA』を含めた少女漫画にもその魂は繋がっている、そのような記事でした。

でも、私自身は『花物語』は読んだことがないんです。
私にとっての吉屋信子は、『女人平家』という素敵な作品を書いてくださった方という存在。
そんな訳で、この機会に以前から書きたかった『女人平家』という作品について書いちゃいます!

吉屋信子の『女人平家』ですが、今、手に入るのかな?
私が所持している本は昭和63年に角川文庫から、上下巻で発行された本なんだけど……。
……どうやら、今は古本じゃないと手に入らないみたい?
うーん、残念。

さて、この物語は、女性の目から見た『平家物語』なんです。
主人公は3人の平家の女性。

最初の主人公は平清盛の妻・時子。
美しく咲き誇る牡丹よりも、役に立つ蓬(ヨモギ)の花の方が自分に似合うと言ったことで、清盛に見初められた聡明な女性。

次の女性は、清盛の隠し子として誕生した祐子。
一卵性の双子として誕生したため、姉は赤ちゃんの時に時子に引き取られたのに、祐子は誕生すら伏せられ、尼になるべく厳しく躾けられていたという美少女。
それが、姉が幼くして嫁入りすることになり、入れ替わる形で、時子の手元に引き取られてくる。
物語を中盤をリードしていく麗人です。

そして、最後に主人公を務めるのが時子の末姫として誕生した典子。
やんちゃ姫とし育った女の子。
それが、異母姉・祐子に感化され、明るく賢い夫人へと成長していきます。
しかし、ご存じの通り、平家は滅びの道へと転がってしまいます。
悲劇的な状況だけど、この典子の明るさのお陰で、悲劇的要素はソフトになり、『平家物語』ビギナーの私にとっては、最後まで読みやすい物語になっていました。

さて、歴史的な検証から見た『女人平家』ですが、かなり史実に忠実な小説だと思います。
きっと、平家の女性たちには、この時代がこう見えたんだろう……そう感じさせられる歴史小説なんです。
そして、それは、『女人平家』の最後の行にある文章からも伝わってくるんです。

平家は女系によって今も滅びませぬ!」典子の快活な声がどこからか響く気がする……。

この最後の行の、典子の声、実は史実なんです。
一般的には、建礼門院から誕生した安徳天皇が壇ノ浦に身を投じたことで、天皇家に流れていた清盛の血は途絶えたように思われています。
ところが、実際には、『女人平家』の主人公の一人・祐子の子孫によって、現在の天皇家には清盛の血が流れているんです。
もっとも、この物語ではそのことには触れていません。
でも、平家が、女系によって繋がっていったのは歴史的事実なんです。
平家は滅びていなかったんです。

激しい歴史のうねりに翻弄されつつも、聡明で美しい生き方をした女性たち。
『女人平家』そんな素敵な女性を描いた傑作歴史小説だと断言できます。

きっと、この本を読んでいなかったら、私、原本の『平家物語』を読まなかった思います。
また、吉川英治の『新平家物語』にチャレンジする気にもなれなかったことでしょう。
私にとっては、この作品が『平家物語』への扉を開けてくれた鍵だと思っています。

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七夕ミステリー『QED 竹取伝説』

明日は7月7日、七夕ですね~。
そんな訳で、七夕にまつわるミステリーなどご紹介。
と言っても、厳密には織姫伝説にまつわるミステリーって言うべきかな?

この七夕の織姫なんですが、日本では棚機津女(たなばたつめ)として捉えられているそうです。
その棚機津女ですが“神の一夜妻”という存在だったとか?

この“神の一夜妻”を題材にしているミステリー作品がふたつほどあるんです。
ひとつが、京極夏彦の『絡新婦の理』(講談社)。
物語の主軸ではないんですが、話の後半で、この“神の一夜妻”について、京極堂が語っているシーンがありました。

同じように“神の一夜妻”について語られた作品がもうひとつあります。
高田崇史の『QED 竹取伝説』(講談社)です。

実は、“神の一夜妻”についての説明はほぼ同じなんですが、この2作品を読み比べてみると、全く違った形で見えてくるんですよ。
私の感触では、『絡新婦の理』で京極堂が語ってくれた“神の一夜妻”は、女性に拒否権があり、男性が望んでも女が応じてくれるとは限らない存在、そんな感じで描かれていたと思うんです。
つまり、男にとって、一夜しか妻になってもらえない女性。
反して『QED 竹取伝説』でタタル君が語った“神の一夜妻”は一夜しか男に応じてもらえない女として描かれている感じがしました。

正直、先に『絡新婦の理』を読んでましたし、女性としては京極堂の読み解きの方が嬉しかったです。
まさに言祝いでもらったって感じです。
それだけに、後で読んだ『QED 竹取伝説』の方は、解説するタタル君に対して、「そう被害者意識で見なくたっていいじゃん」って気分になりました。
何だか、呪いをかけられたような解説でした。

まっ、こんなことを書いちゃうと、『QED 竹取伝説』を読む気をなくしちゃう人を増やしちゃうよね。
でも、できれば、読み比べてみて欲しいなって思うんです。

と言うのは、同じ事象であっても、その捉え方によって、呪いにも言祝ぎにもなるって好例だと思うんです。
これって“神の一夜妻”だけじゃないと思います。
同じ物事でも、どう眺めるかによって、嬉しいことにも嫌な思い出にもなることって多いです。
だったら、良い捉え方した方が得じゃないかな?
この2冊のお陰で、そんなことを考えることができたんですよ。
もっとも、両方とも読んでいないって人には、後味を考えて『QED 竹取伝説』から読むことを奨めますけどね。

それにね、『絡新婦の理』は満開の桜の中で話が集結してますから、今、読み返さなくてもいいと思います。
対して『QED 竹取伝説』は、真冬に起こった事件から物語が始まっているけど、物語に主に描かれているのは七夕なんです。
まさに今の時期に読むのが一番じゃないかな。

そうそう、この日記の冒頭に書いた“棚機津女”の説明。
これ、『QED 竹取伝説』に書かれていた説明をパクってます。
だから、詳しく知りたかったら、本編の方を読んでみてください。
あれこれとタタル君がウンチクを語ってくれてますしね。

さて、今年の七夕は星が見える夜になるのかしら?
できれば、夏の大三角形が見える夜空になって欲しいな~。

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辛いときは…『ミセス・ポリファックス・シリーズ』

二月程前から気になっていた本を借りて読みました。
ドロシー・ギルマンの『ミセス・ポリファックス・シリーズ』(集英社文庫)
何で、この本が気になったかと言えば、友人がブログで紹介していたからです。
先日、図書館にこのシリーズの第一作目と第二作目が並んでいたので借りてみることにしました。

まず第一作目の『おばちゃまは飛び入りスパイ』から入りました。

主人公は60代を超え、孫もいる女性。
仕事からリタイアし、子供たちも家庭を持ち、今は悠々自適にボランティア活動をする日々。
だけど、心のどこかに穴が空いていることに気づくんです。
そんな時に、「子供の頃から憧れていたスパイになろう!」そう思いついちゃうんです。
で、いきなり、CIAに押しかけてく。

この時、CIAの方では顔の割れていない女スパイを探していた。
そこへやってきたおばちゃまは、女スパイの候補者と間違われ採用されてしまう。
すぐに、誤解は解けるのですが、あまりにも普通の女性のおばちゃま。だから、かえって安全だろうと、メキシコへ潜入するスパイの仕事を正式に依頼されちゃうんです。

さて、しばらく、読んでいくうちに、後悔し始めました。
読んでいるうちに思い出したんです。私、スパイ小説、苦手だったんだ~!
アガサ・クリスティの『トピーとタペンス』レベルで微妙なんだから、この先、読めるの~!
物語は折しも、おばちゃまが敵スパイに拉致され、東欧の国で監禁される…そんな展開。
しまった! このシチュエーション、完璧にダメ~!!

そんな時に、おばちゃまがこんなことを囁いてくれたんです。

 辛いときはすぐ目の前のことだけを考えること。
 先のことをくよくよしてもどうにもなりませんからね。

この言葉に救われたように、私も話を読み続けることができました。
そして、最終的に物語は大団円を迎えました。チャンチャン!

ピンチはあるし、スパイ小説特有の痛みもありました。
でも、本格スパイ小説ではなく、コージーなスパイ小説って感じ?
『トピーとタペンス』が好きな方なら、間違いなく安心して楽しめますよ。
でも、何よりも、この物語は主人公のおばちゃまの魅力が引っ張ってくれる話でしたね。
冒険にも程があるって感じの“第二の人生”を謳歌しちゃってるおばちゃま。
逆境の連続なんだけど、彼女は常に希望を忘れない。
だから、彼女に巻き込まれていく人たちもいつの間にやら元気をもらっていく。
それは読んでいる私も一緒。心地よく、元気をもらえました。

一作目の後は第二作目『おばちゃまはイスタンブール』を読みました。
『007』でも舞台になっているイスタンブールでおばちゃまが大活躍。
こちらは、敵からの逃亡劇って感じのお話でした。

さて、シリーズの続きが図書館になかったので、とりあえず、今はこの2冊で小休止中。
でも、おばちゃまが言ってくれた言葉。これは読書ノートにきちんと記しましたよ。
辛いときには、この言葉を思い出して乗り越えてみようかなって思ってます。

と言うことで、紹介してくれた友人に心から感謝を!

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いい男との出会いを求めて『新選組風雲録』

なんで歴史小説を読むのか?
まぁ歴史小説が好きだから読んでいるんですけど、どうやら、それだけじゃないようです。
端的に言っちゃえば、いい男に出会えるから!
そりゃ、SFやファンタジー、現代小説でも会えますけどね。
激動の時代を駆け抜けた男ってのに弱いんですよ。
そこに“男に惚れられた男”なんてのが入ってくると、もうイチコロ!

と言うことで、広瀬仁樹(まさのり)の『新選組風雲録』(文春文庫全5巻)

物語は京都・清水の舞台で、盗賊“ましらの忠助”がある男と出会うところから始まります。
ある男とは新選組副長・土方歳三。
土方に小馬鹿にされたと思い込んだ忠助は、意趣返しとばかりに、土方の寝所に潜り込む。
そこで土方に翻弄された挙げ句、忠助は新選組の馬丁にされてしまう。
そして、忠助の情報収集能力を見抜いた土方は、彼に自分の目耳となる密偵になるよう口説く……。

“池田屋の変”から箱館で土方が戦死するまでの姿を、土方に男惚れし彼の目耳として働いた男の視点で描いた物語です。

この“男惚れ”っていうのが、いいんですよね。
男が男に惚れ込んで、そいつのためなら命を捨ててでも働くっていう心意気。
そして、そんな風に惚れ込んだ男から、惚れた男の生き様を描いたら……。
そりゃあ、もう、いい男に決まってます。

土方歳三の物語としては、司馬遼太郎の『燃えよ剣』(新潮文庫)という名作があります。
この『新選組風雲録』の土方像は、それよりももっと格好良く描かれてます。
逆に言えば、ちょっとばかり、甘いハンサム像になり過ぎちゃってるかな?
司馬遼“土方”の方が、荒削りな魅力がありましたしね。

広瀬仁樹は経済小説で名を売った小説家でしたが、彼の描いた幕末ものはどれも佳作が多いです。
新選組をテーマにしたものには『沖田総司恋唄』『土方歳三散華』などがありますし、タイトル忘れたけど、芹沢鴨を主人公にした短編なんか、すっごく良かったんだよね。
ただ、これらの本は文庫本1冊ってことで少々物足りなさもありました。
それに対して、この作品は文庫本5冊。
激動の時代を最期まで格好良く走り抜けた土方歳三の魅力が楽しめました。

それとね、登場人物の中で個人的にお気に入りだったのは、松本良順。
近藤勇の盟友として、中盤から登場してくるんですが、これがまた洒脱で素敵なんだよね。
そして、この話の沖田総司はメチャメチャかわいいのですよ。
まさに童子って感じの存在。

と言うことで、本日、五月三十日は沖田総司の命日でございます。
なので、またも新選組小説を取り上げちゃったわけ。

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初夏の風物詩『竜馬がゆく』

活字中毒のため、電車などで見ず知らずの人が読んでいる本まで気になってしまう性癖があります。
さりげなく、本を覗き込んだり、本のタイトル部分を見て、何を読んでいるのかチェックしちゃうんですよ。

するとね、この時期、大学生くらいの男の子が読んでいる本が、かなりの確率で司馬遼太郎の『竜馬がゆく』(文春文庫)のことが多いんですよ。
大学の先生に奨められたのか、サークルの先輩に奨められたのか……。
読んでいる男の子を見つけると微笑ましくなってしまいます。

けど、この本って、二十歳前後の男の子の時に、読むのが一番良いような気がしてます。
司馬遼‘竜馬’って、ちょうど、江戸へ剣術修行に出るところから始まってますからね。

その前の竜馬って言うのが、まぁ寝ション便タレだし、泣き虫だし……良いとこなし。
ようやく剣術だけは才能があることがわかって、江戸に留学することになった。
そんな若者。

これって、大学生くらいの男の子にとっては、身近というか、取り組むのに気楽な相手だと思うんです。
おまけに、大学進学で上京してきた男の達にとっては、今の自分と共通するものがあるんじゃないかしら?

それが、勝海舟との迎合あたりから、竜馬が変わっていくんです。
彼自身の発揮されてない才能もあったんだろうけど、師を得ることによって影響を受け、大きな世界に目覚めていく。
そして、それらを自分の財産として蓄えていき、大きなものを動かしてしまう……。

この師って存在は、別に学校の先生だけじゃないと思うんですよ。先輩だったり、上司だったりするかもしれません。
そういう人たちから、物事を違った角度から見ることを教わったりすることで、大きく成長する時ってあるじゃないですか。その時は成長にならなくても、後で大きな財産になっていることもある。

私の場合も、大学のサークルの先輩から聞いた雑談、それが後になって大きな財産に変わっていきましたからネ。
竜馬にとっての勝海舟との出会いって、そんな感じなのかな~って読んじゃうんですよ。

これって、青年たちにとって大きな希望になるんじゃないかな。
だから『竜馬がゆく』はジャンル的には歴史小説だと思うけどね、それ以前に青春小説だと思ってます。

まだ何物も達成していないような気分に襲われた時、この小説を読んだら勇気づけられるんじゃないでしょうか。
白紙の状態から、色々な人から話を聞き、それを自分の中で発酵させ、大きな形に変えていった竜馬。
彼のように生きてみよう、生きてみたい…そんな勇気を与えてもらえるんじゃないでしょうか?

だから、電車の中で読んでいる男の子達を見ると、心の中で応援したくなります。
頑張れ男の子! 君もきっと竜馬になれるよ!

初夏の時期のちょっとした楽しみです。

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御宿かわせみ33 小判商人

平岩弓枝の「御宿かわせみ33 小判商人」(文春文庫)読了。

かわせみシリーズを読み始めて、何年経つんだろう? 文庫が3巻ぐらいまで出ていた時に買ったのが最初だったかしら?
それ以来、文庫新刊が出る度に買い揃えてきました。
それも気づけば、33巻目。長い付き合いになりました。

かわせみファンになったのはNHKのドラマがきっかけです。
真野響子さんのおるいさん、小野寺昭さんの東吾さん、山口崇さんの源三郎さん、通之進さんの田村高廣さん。
やっぱり、このキャストが一番好きだな~。
数年前、NHKBs2で再放送された時は、時間が許す限り見ていました。

「かわせみ」ですが、最初の頃は、るいと東吾がいつになったら結ばれるのだろうか? それが気になって読んでいました。
池波正太郎の「剣客商売」で、大治郎と三冬の恋路に注目していたのと同じです。
それが、るいと東吾が結婚し、ふたりの間に娘・千春が誕生……。他の登場人物のところのにも子供が誕生し育っていく。
いつの間にか、短編仕立ての市井小説を楽しんでいたはずが、大河小説を読んでいるような感じになっていました。

その「かわせみ」、あと一冊で江戸編が終わります。書籍の方では既に明治編に突入していますけどね。
やはり、一抹の寂しさを感じてしまっています。

そんな物語の布石という訳でもないんでしょうが、ここ数巻は少しずつ、東吾たちのの子供世代が活用するようになりました。
物語の主人公には、いつまでも若々しくあって欲しいと思ってみたり、主役交代を楽しみに感じてしまったり、読者の心境は玉虫色です。

とりあえず、あと1冊。おそらくは来年の今頃には、文庫版でも江戸編の最後の巻が出ることでしょう。
早く読みたいと思いつつも、今まで通り、文庫が出そろうまで待とうと思っています。
今までの自分のペースで読む。それが文庫で買い揃えていったファンの意気込みかと……。

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七福神の呪い「QED六歌仙の暗号」

高田崇史の「QED六歌仙の暗号」(講談社文庫)を再読。
今年の二月に腰を据えて再読したばかりなので、今回はサラッと読み返しました。

主人公は目黒区の薬局で働く薬剤師の棚旗奈々(たなはた なな)ちゃん。
探偵役は彼女の大学サークル(オカルト同好会!?)の先輩、博覧強記の桑原崇(くわばら たかし)こと、通称タタルさん。
「QEDシリーズ」は彼女たちが、小説内リアルタイムで起こる殺人事件と共に、歴史・伝説・神話の謎を解く推理小説シリーズです。
現在、講談社ノベルズでは15冊出てまして、「六歌仙~」はシリーズ2作品目に当たります。

何故、再読したかと言えば、お知り合いが“このGWに七福神巡り”をしたってブログに書かれていたからです。
そう言えば「六歌仙~」で、奈々ちゃん達が京都で七福神巡りをしたのもGWだったしな~と……。

ところで、タイトルは六歌仙なのに、何故、七福神!?
そう、この本は、そこに醍醐味が隠されているんですよ。
もっとも、井沢元彦の「逆説の日本史」シリーズ(小学館文庫)の愛読者だったら「はは~ん、アレか!」と気づいちゃったかしら?
でも、この小説では、井沢説の上に、更なるオマケも付いてますので、ご安心ください。

物語は、小説内リアルタイムを遡ること半年前。
周囲から‘布袋さん’と呼ばれ、七福神巡りを趣味としている薬学部の教授が毒殺されたことから始まります。
その一月後、彼の助手も刺殺される。
その上、その3年前には、七福神を卒論のテーマにしていた学生が、京都で交通事故死をしていた。
これらを結ぶ線を主人公達が解いていくという物語です。

反則技ですが、大きなネタバラシをしちゃいます。
七福神は、呪われている
これがこの作品のキーワード。(けど小説の冒頭に出てくるんだよ)
後は、ご自分の目で確かめてみてくださいな。

ただ、「QEDシリーズ」……、辛口なことを言っちゃえば、リアルタイムの謎解きでは肩すかしを食らうことが多いです。
また、タタル君の歴史観に関しても「タタル! その歴史観は甘い」とか「歪み過ぎ!!」と言いたくなることもあります。
(「竜馬暗殺」とかね~……)

それでも新刊が出る度に追いかけている理由は、主人公達の会話が楽しいからでしょうか?
(推理小説でありながら、独身社会人たちの青春小説を読んでいる楽しさがあるんですよ)
また、歴史観が甘いとか、歪んでいるなんて言いつつも、「あっ、これは!」という面白い説が読めるからかな?
(ただし、奈々ちゃんが歴史オンチなので、歴史に詳しくない方でも十分読めますよ)
それから、旅行ガイド代わりに楽しめる部分もあるかな~?
(この巻を読むと、京都で七福神巡りしたくなります!)
そうそう、登場人物たちが飲んでいるカクテルが美味しいそうってのもあるかな~?
(カクテルに関する蘊蓄も魅力! もっとも、私はカクテルは飲まないんですけどね)
そして、著者本人が薬学部出身ということで、薬にまつわる面白い話が読めるのも気に入っているせいかしら?

……ただ、薬に関する話ですが、単に面白いのではなく、社会的憤りを感じさせてくれる部分もありますよ。
この巻ではないんですが、薬剤価格の計算方法が、こんな馬鹿なやり方で出されていたのを知った時には、主人公と共に役人を罵ったもんね。

と言うことで、前々から感想文を載せたかったシリーズ。
ちょうど良いキッカケをもらえたので、書き上げた次第です。

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「奇想の江戸挿絵」

この一月あまり、買うべきか否か、悩んでいた本をついに買っちゃいました。

辻惟雄・著「奇想の江戸挿絵」(集英社新書ヴィジュアル版)

悩んでいた理由は新書にしては、ちょい高の1000円(+税)だったからです。
借りて済まそうかな~なんて、考えていたんですが、買ってきて正解だったようです。

内容は、江戸時代の黄表紙本の挿絵に関する解説書。

が、図録されていた江戸挿絵が、実に斬新で、迫力もすごいものだったんです。
これ、絵を描く人、中でも、恐怖ジャンルの仕事をしている人には、一度、見て欲しいです。
買わなくてもいいから、まず、立ち読み(図版の立ち見)するべきだって思う。
けど、帯の言葉に寄れば、図版100点掲載ですから、買った方が早いけどね……。(で、結局、私は買っちゃった訳だ)

それにね、この本では江戸挿絵と現代の漫画やアニメとの比較、のようなものが論じられてました。
実際、この本を書くにあたって、「漫画家の江川達也氏には、マンガの技法、表現について、大変貴重なご教示をいただいた」(あとがきより)そうなんです。
でも、漫画に関しては素人の方が書いた比較論より、漫画家さんが各自で図録を読み解いた方が深いものが見えるんじゃないかしら?
ペンやスクリーントーンを使って描いた現代の漫画と、江戸時代の版木を刷った挿絵。
違いはあるけど、イマジネーションの部分では、大いに参考になると思うんです。
こんな技法が、この時代の絵師によって既に行われていたんだ……そんな感想を私ですら感じましたしね。

詳細な中身に関しては説明しきれないので、目次だけ挙げます。

はじめに 江戸後期挿絵の魅力
第1章 「異界」を描く
第2章 「生首」を描く
第3章 「幽霊」を描く
第4章 「妖怪」を描く
第5章 「自然現象」を描く
第6章 「爆発」と「光」を描く
第7章 デザインとユーモア

ほら、このラインナップです。
絵描きだけでなく、あやかし系がお好きな方も楽しめると思うんですよ。

それから、この本のありがたいところが、もうひとつ、あったんです。
各章の末に、図版として使われた絵を挿絵としていた本(話)のあらすじが載ってたんですよ。
そのあらすじを読むだけでも楽しめました。おまけに、ほとんどがあやかし系だったしね。
ねっ、お得でしょ。

それにしても、この本を買う時に、同著者が書いた「岩佐又兵衛 浮世絵をつくった男の謎」(文春新書)も見つけちゃって、その本も欲しくなっちゃったんだよね~。
ひとつの煩悩を消したと思ったら、また次の煩悩が……。我ながら、欲が尽きないのに呆れてます。

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「妖怪草紙」

昔、買った本を久しぶりに読み返しています。
小松和彦と荒俣宏の対談を基にした「妖怪草紙」(工作舎)
1987年に発行された本だから、もう20年前の本。
手元にあるのは消費税導入前に出た本で2800円。
買う時に、清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったことが今でも忘れられません。
ただ、その価値以上のものをもらった本でもあります。

そうそう、この本を読み返す度に、もう一度読み返したくなる本があるんですよ。
それは、この本より少し前に出た、小松和彦と内藤正敏の対談を基にした「鬼が作った国・日本」(光文社)
当時の私にとって、この「妖怪草紙」と「鬼が作った国・日本」は趣味と実益を兼ねた本として、バイブルのように読み返したものでした。
ただ、今現在は「鬼が作った国・日本」の方は紛失してしまって……。

今でこそ、平安京が呪術防災都市としてデザインされたことは、怨霊の歴史等に興味ある人にとっては常識的な話になっています。
この常識を定着させた本が、この「鬼が作った国・日本」だったと思うのです。
四聖獣に守ってもらう都市デザイン、レイラインによる呪術。
私にそれらのことを教えてくれたのはこの本でした。

そして、この二冊の本。
それらを読むことで自分の中で変わってきたこともありました。

元々、日本史は大好きではあったんですが、それまでは歴史小説を読むのが好きレベルだったんですよ。
それが、当時に書かれた本、まぁ古典文学というジャンルですね、それを読み耽るようになったんですよ。

「妖怪草紙」という本には、欄外に対談中に出てきた語句の注釈があり、また巻末には参考になる本のリストも載っていました。
それを元に、怨霊や妖怪話が、どんな本にどのように書かれていたのか探せるようになっていたんです。
それをきっかけに古典文学と言われている本に手を出していくようになりました。
実際、そういう目線で、歴史を探っていくと、教科書とか学校の授業では得られない面白い世界が広がっていたんですよ。
特にね~、平安時代の文学は宝庫でした。
「今昔物語」「宇治拾遺物語」「平家物語」「大鏡」、そういう話がポコポコ埋まっていたんです。
それ以上に、本を読めば読むほど、その時代の人たちの価値観とかも少しだけ見えてくるようになりました。
お陰で、当時の人が思う「怨霊」というのが、どういうものだったのかもわかるようになりました。
これは、「妖怪草紙」や「鬼が作った国・日本」がどんなに名著であっても、自分で調べていかない限り得られなかったような気がしてます。

この「妖怪草紙」前回読み返してから、もう5年以上は経っているのかな?
あれから、更にずいぶんと、色々な本を読み漁ってきました。
だから、初めて読んだ頃よりも、その手の知識はかなり深まっているはず。
何よりも、教科書レベルの古典や歴史知識だった頃の自分とは違ってきたはずだしね。
今読み返したら、どう見えるのか、今だから気がつくことがあるのか?
ちょっと、わくわくしながら読み返しています。

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「吉原手引草」

松井今朝子の「吉原手引草」(幻冬舎)
ちょっと不思議な作品です。

読み始めてすぐに、葛城という花魁が何かを起こしたらしいということはわかるんです。
が、何が起こったのか、読み進めてもわからない。
と言うのも、十数人にわたる人物が、順番に語っていく内容を記す……そんな趣向の小説だから……。
それぞれの語りだけで、一章が構成されているんです。

読んでいくうちに、この一件を調べている男がかなり色男らしい、なんてことはわかってくるけど、彼がどういう人物で、何で調べているのか、それ以前に名前すらわからない。
けれど、葛城という花魁が、どういう女性だったのか、順番に語っていく人たちには、どういう風に見えていたのかがわかってくる。
それと同時に、吉原の世界がどんな人たちが集まって形成されていたのかもわかってくるのです。
色々な立場の人が集まって、ひとつの社会は構成されているんだな~と改めて感じ入りました。

最後まで行けば、もちろん、葛城が何を起こしたのか、彼女がどんな素性だったのか明かされます。
そして調べていた人が、何の目的があって調べていたのかも……。
謎解きとしても楽しめましたが、読んでいる間、何となく江戸時代の吉原に迷い込んだような気分が味わえました。

上質なミステリーと時代小説が一度に味わえた逸品でした。

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「星新一 一〇〇一話をつくった人」

最相葉月著「星新一 一〇〇一話をつくった人」(新潮社)
この本は星新一の評伝です。

この本を読むきっかけは、私も中学時代に星新一にはまっていたから。
でも、最大の動機となったのは、星新一の母方の祖母が森鴎外の妹である…そういう新聞の書評を読んだことからでした。
実はうちの旦那も森鴎外と血縁関係があるそうなので……。
だから、この本に余計に興味を持っていたんです。

しかし、実際に読んでみると……。
正直、私は読んでいて切なくてたまりませんでした。
もちろん、黎明期の日本SF小説界の話等、すごく面白く興味深いものが豊富でした。
けれど、それ以上に物語を紡ぐ辛さや苦しさ…それがたまらなくて。

そして、評伝の中で、星新一が何度か賞を欲しがっていたこと触れられていたこと。
また、担当していた編集も、そして、多くの読者が読んでいるはずなのに、その物語を覚えてない状況。(それはファンだった私も同じ)
日本にSFを根付けてくれた最大功労者であり、ショートショートの面白さを教えてくれた人に対して申し訳なくなってしまいました。

また、この評伝を読んでいる時、手塚治虫との交流もそこかしこに描かれていました。
その時に、作品を覚えてもらっている部分では手塚治虫は星新一より報われていると思うのですが、黎明期に大人達に評価されなかった苦労、そして、勲章とは無関係だったことが思い浮かび、より悲しくなってきました。

悲しい、切ないと悲観的なことばかり書いてしまいましたが、この評伝は小説だけでなく、物語を作ることに携わっている人は一度読む本のように思います。
産みの苦しみ、それを知っている人には私以上に辛い内容かもしれません。
けれど、新しいものを生み出していく人にとって、この先駆者の偉業は知るべきだと思います。

ハードカバーで570ページ以上の本ゆえ、中々、読み終えるのは大変でした。
早く、文庫化して欲しい、そういう気持ちも残りました。

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「のぼうの城」

和田竜の「のぼうの城」(小学館)を読了。

4月4日の朝日新聞朝刊に「のぼうの城」という本の広告が載っていました。
それを見た瞬間に、これはおもしろそうだ…という予感をビンビン感じてしまったんです。

夫は「図書館に予約しなさいな」と言いましたが、結局、目を盗んで本屋へ。
さらっと、立ち読みしてみると、文章のテンポも良さそうだったので、早速、買って帰りました。

概略を説明すると、秀吉の小田原城攻めの際に、石田三成は盟友の大谷吉継と共に小田原城の支城である忍城(おしじょう)攻めを命じられ、水攻めを計略します。
しかし、その城攻めは三成の敗戦で終わるんですよ。この敗戦のため、三成はその後の歴史では戦下手という評価を受けたほどの大負けをしているんです。
この小説は、その忍城攻めを描いたものです。

タイトルの“のぼう”ですが、これは籠城側の忍城城代だった成田長親のアダナです。
要するに、“でくのぼう”を略したアダナなんですけどね。
武芸に秀でる訳でなく、頭も良さそうに見えず、不器用で田植えをすれば領民から迷惑がられる。(領民すら、面と向かって“のぼう様”と呼ぶような始末)
だけど、憎めない。憎むどころか、周囲の人間が「こいつが言うなら仕方ないか」と、つい、手を貸したくなる人柄。
そんな漢の物語なんです。
私の中では文章に描かれた容姿の印象から、石塚英彦さんをイメージして読んだ……と言ったら、何となく、わかっていただけるでしょうか?

正直、忍城という地名は、埼玉育ちではない私にとっては記憶に残りにくい地名です。
だって、今は地名で残っていないんだもの。現在の埼玉県行田市にあった城なんだよね。
そして、時代小説は好きなんですが、実のところ、軍略とか城攻めというのは、ほとんど頭の中でイメージできなくて……。
だから、こういう小説の場合は、人間ドラマ重視、キャラクターの魅力重視で読んでしまうんです。
このふたつの視点に関して、本当に面白い小説でした。つまり、私的には大満足!

主人公の“のぼう様”の魅力はもちろん、彼の下で働いた侍大将たちの個性。
そして、何よりもこの城に籠城している姫君の甲斐姫の勇ましさ。
誰も彼もが魅力的に描かれていました。

最終的に、本城にあたる小田原城が落城したため、忍城は開城となりましたが、そこには敗戦の悲劇のような苦さはまったく残りませんでした。
小説の中に全体に流れているのは、明るさだったからです。
ただ、明るいからこそ、グッと来てしまうシーンもありました。

いや~、文庫本になるまで待つことなく、旦那の目を盗んで買ってきた甲斐があったね。

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