落書き
3色シャープペンの日記に対して、ヴィブリオマニアの友人が
「本に書き込みなんてできません」
という感想を送ってきてくれました。
そうですね。本に対して傲慢な考え方だったと反省しています。
私にとって書き込みした本は日記やアルバムと同じ存在になっています。
その本を読んだ時に自分が何を感じたのか、書き込みを見れば思い出せるから。
私にとって愛読書は過去の自分と再会できるもの。
しかし、それは他の人にとって価値のない物です。
美本であれば、引き取る方もいてくれるでしょうが、書き込みは他人にとって邪魔なだけです。
これらの本は、いつか、廃棄を前提として処分せざる得なくなるでしょう。
美本であれば、必要とする人に渡していくことができた。
未来に繋いでいけた本を私が止めてしまったってことかもしれません。
本に対して傲慢な扱いをしてきたものです。
そう悟っても、今しばらく、自分の愛読書に対して書き込みは続けていくと思います。
自分に欠けているもの補ってもらうため、書き込みをしながら読んでいくことでしょう。
さて、本にある落書き。
私の愛読書の中に見知らぬ人が描いた落書きで消せないまま残してある本があります。
それは、たまたま入った古本屋で購入した児童書に描かれた落書きです。
買った時には、その落書きに気づかずに買いました。
読み進めていった後、その落書きを見つけました。
欄外に幼い子が描いたであろう女の子の絵があり、絵の下に物語の主人公の名前が記されていました。
上手とは言えないけれど、一所懸命に描かれた絵。
どんな子が描いた落書きだったんでしょうか。
その子にとって、この本はどんな存在だったんでしょう。
この物語のヒロインはどんな存在だったんだろう。
その本を読む度に、元の持ち主のことを考えてしまいます。
同時に、この本を手放す時、どんな気持ちだったのか?
そんなこともつい考えてしまうのです。
この児童書、できれば、夫の姪っ子に引き取ってもらおうかと思っています。
小学校3年生になった姪っ子にとっては、良い親友になってくれそうな本ですから。
何よりも、私の手元で終わらせず、この本を愛してくれる人の元に行かせてあげたいって思ってしまうんです。
落書きがなかったら、私の中では単なる古本だったかもしれない。
でも、その絵のお陰で、前の持ち主に思いを馳せ、自分の次の持ち主を捜したいと思ってしまう。
これも一種の付加価値、なのかもしれません。
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