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2008年4月

「夕凪の街 桜の国」

こうの史代の「夕凪の街 桜の国」(双葉文庫)を読みました。

こうの史代の作品は、数年前に、“有明”で買ったことがあります。確か、コミケだったと思うんですが……。
その一年後ぐらいでしたか? 書店に「夕凪の街 桜の国」の単行本が並びました。
ああ、あの人だと思いつつも、手に取らずにおりました。
そうこうしているうちに、この作品はいくつかの賞を受賞し、映画化されていきました。
そして、この四月、文庫版という形で発売されたのを見つけ、購入しました。

読み終えて以来、鈍い痛みの様なものが体の中に残り続けています。

収録されている作品は、3作品。
「夕凪の街」は、昭和30年のヒロシマを描いた30Pの物語。
「桜の国」は、1と2のふたつに分かれ、1は昭和62年の東京・中野区、2では平成16年の東京と広島が描かれています。
これらの作品は、「夕凪の街」の主人公の姪が「桜の国」のヒロイン、そういう人間関係になっています。

そして、広島のことをヒロシマと書いた様に、被爆というのが、この話の主題となっています。

今はまだ、読んでから間もないため、私は、「夕凪の街」の被爆したヒロインが語るセリフの重さばかりに気を取られています。
けれど、時間を経るに従い、おそらく、「桜の国」のヒロインが送ってきたメッセージを重く受け止めていくことになるだろう、そんな予感を感じています。

「夕凪の街」は、被爆の恐ろしさに震え、原爆に対して怒る。そういう形で読めてしまうんです。
しかし、「桜の国」では、被爆者差別という問題が横たわっていました。
あくまでも私の主観ですが、「夕凪の街」は被害者に同情して読めてしまうんです。
が、「桜の国」では、自分も加害者のひとりになりうることを示唆されたように感じるのです。

今はまだ、自分の中で、作品がぐるぐると回っている状態です。これは、永久に回り続けるように思います。
けど、不快感はありません。背負っている荷物の重みに気がついただけ、そんな感じがしているからです。

作品の中で、グロテスクに感じるシーンは、極わずかです。必要最小限の描写。それもかなりソフトに描かれています。
ましてや、それは実際に起こった出来事ですから……。目を背けてはいけない。
だけど、何度も読み返したいとは思えない。

きっと、この本を頻繁に読み返すことはないでしょう。
けど、何年かに一度、自分を見つめ直すために、読み返そう、そう考えています。

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平家物語の考察

私の道楽のひとつに、歴史を描いた古典&歴史解説書を読むことがあります。
元は歴史小説を読むのが趣味だったんですが、飽き足らなくなりましてね。
と言うか、その小説の元ネタは何なのか、そして、原本ではどう描かれていたか調べたくなったんです。
で、読んでいると、今まではとは違ったもの、絵のようなものが見えてくることがあるんです。
それが楽しくてやめられない。

一例をあげると、「平家物語」巻第十
壇ノ浦の合戦で、平時子が孫である安徳天皇を抱き抱え、海の中に身を投げるエピソードがあります。

『「波の底にも都の候ぞ」と慰め参らせて、千尋の底にぞ沈み給ふ』
「平家物語」の中でも、涙を誘う一節ではないでしょうか。

しかし、これを現在の感覚で見てしまうと、安徳天皇は時子によって心中の道連れにされたように見えてしまう人もいるでしょう。
また、角川ソフィア文庫の「ビギナーズ・クラシックス 平家物語」には、この部分にこんな解説が載っていたのです。
「さて、二位の尼(時子のこと)の執念はすさまじい。皇室と平家には君臣の壁があり、幼い天皇を道連れにするとは、分を超えた横暴である」
(カッコ部分は私の補足)

正直、角川ソフィア文庫のこの解説に関しては、この時代背景を知らない人が書いた説明かな?と感じちゃいました。
と言うのも、時子がここで安徳天皇と海に身を投げた理由、それにはこの時代特有のものがあったように思うからです。

おそらく、安徳天皇が源義経に捕まっても死刑になることはなかったでしょう。
これだけだと、自殺の道連れになるよりマシのように思えます。
が、捕まった後どうなるか。
それは生涯幽閉され続けることだったと思います。

1185年の壇ノ浦の合戦より、遡ること30年前、1156年に起こった保元の乱で、投降してきた崇徳上皇は讃岐に配流され、生涯幽閉されました。
その仕打ちを恨んだ崇徳上皇は、怨霊となった考えられています。
その崇徳上皇は、日本の歴史上で、菅原道真と並ぶ怨霊とさえ言われています。

時子が安徳天皇を道連れにした時、この崇徳上皇のことが念頭にあったはずなんです。

しかし、ここで反論を出す方もいらっしゃるでしょう。
保元の乱の時、崇徳上皇は大人であり、戦争責任を追及されるのは当然。
それに対して、安徳天皇は数え年で6歳、現代の満年齢なら4歳ほどの子供、責任があるはずないだろう。だから罪に問われるのはおかしい。

実は、壇ノ浦から四半世紀後、1221年に、承久の乱という戦いが起こります。
この時の天皇は、数え年4歳、今の満年齢では2歳の仲恭天皇でした。
承久の乱と言うのは、彼の祖父である後白河上皇と、彼の父である順徳天皇が起こしたものでした。
その承久の乱は鎌倉幕府軍が勝利し、天皇軍は負けて終わります。
その後、後白河上皇は隠岐の島へ、順徳天皇は佐渡島へと配流され、そこで生涯を終えました。
そして、仲恭天皇は16歳で亡くなるまで京で幽閉され続けたのです。

つまり、安徳天皇はこの場で助かっても仲恭天皇と同じ運命が待っていたと思います

それ以外にも、時子が安徳天皇を道連れにしたであろう理由があります。

この戦いの後、平家の血をひいた男の子たちは、見つけられると斬首されていました。
これは幼い子供であっても処刑されていました。

子供を殺された母たちの中には、その後、子供の遺体や首を抱えて、海や川に身を投げたようです。
その瞬間、彼女たちは自分たちの遺骸が四天王寺の西の海に辿り着くことを祈りながら入水していたように思われます。

これは当時、「四天王寺の西の海には西方浄土がある」と信じられていたからです。
四天王寺と言うのは、もちろん、大阪に残るあの四天王寺のことです。

当時の人たちにとっては、西方浄土に行くことこそが、生きる最大の目標と考えられていました。
そして、当時、首を切られると西方浄土に行けないとも考えられていました。
身を投げた母親たちは、何とか、子供が西方浄土に行けるよう、最善を尽くそうとしたのではないでしょうか。

さて、壇ノ浦ですが、これは関門海峡にあります。つまり、四天王寺の西の海と言えないでしょうか。
平時子は、かわいい孫を怨霊化させて地獄に行かせるのではなく、西方浄土に導きたいと思ったからこそ、安徳天皇を抱きかかえて海に身を投げたのではないでしょうか。

これらのことは「平家物語」を読むだけでは見えてきません。
この時代の前後に、どんなことが起こったのか。そして、人々がどういう行動を取ったのか、どういう思考をしていたのか知らないと状況は見えてこなかったのです。

もちろん、時子の行動を完全に支持することは、現代に生きる私にはできそうもありません。
ただ、時子が傲慢な考えで、安徳天皇を道連れにしたというのには、反論してあげたいと思ってしまうのです。

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「吉原手引草」

松井今朝子の「吉原手引草」(幻冬舎)
ちょっと不思議な作品です。

読み始めてすぐに、葛城という花魁が何かを起こしたらしいということはわかるんです。
が、何が起こったのか、読み進めてもわからない。
と言うのも、十数人にわたる人物が、順番に語っていく内容を記す……そんな趣向の小説だから……。
それぞれの語りだけで、一章が構成されているんです。

読んでいくうちに、この一件を調べている男がかなり色男らしい、なんてことはわかってくるけど、彼がどういう人物で、何で調べているのか、それ以前に名前すらわからない。
けれど、葛城という花魁が、どういう女性だったのか、順番に語っていく人たちには、どういう風に見えていたのかがわかってくる。
それと同時に、吉原の世界がどんな人たちが集まって形成されていたのかもわかってくるのです。
色々な立場の人が集まって、ひとつの社会は構成されているんだな~と改めて感じ入りました。

最後まで行けば、もちろん、葛城が何を起こしたのか、彼女がどんな素性だったのか明かされます。
そして調べていた人が、何の目的があって調べていたのかも……。
謎解きとしても楽しめましたが、読んでいる間、何となく江戸時代の吉原に迷い込んだような気分が味わえました。

上質なミステリーと時代小説が一度に味わえた逸品でした。

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歴史の中の男色

「増鏡」という書物があります。
室町時代に書かれた本で、鎌倉時代の京で起こった出来事を記した歴史小説……とでも申しましょうか?
その中に、ちょいと引っかかるエピソードがありましたので、ご紹介を……。

「増鏡」の第十三に「秋のみ山」という巻があります。
その巻末に、前関白・近衛家平が薨去した話が載っています。
そのエピソードなんですが……、超意訳で書き記すとこんな話。

前関白は、若い頃は少しは女性とも睦まじくしていたので、息子の右大臣・経忠も誕生したが、中年以降は男のみ、そばに寝かせていた。
(中略)
病が重くなり、臨終が近づいた時でも、今の愛人・頼基を見つめ「おまえと一緒に逝けたら嬉しかろうに」と言いながら亡くなった。
そばにいた息子は最後まで男色に執着しながら亡くなった父に対し、憂鬱になった。

近衛家平が薨去したのは、元亨四年(1324)五月十五日で、42歳だったそうです。

「増鏡」と言うのは、ある意味、小説であって、必ずしも事実とは限らないらしんですが、どうもこの件に関しては実際にあったことのようで……。
まぁ、息子としては、亡くなる寸前まで男の愛人のことを考えられていては、たまらんだろうな~と。

なお、このエピソードには続きがありまして、愛人の頼基もほどなく、病に倒れ、「すぐ参ります」と譫言を言い残し、亡くなったそうです。
人々は故家平があれだけ執着していたから、あの世から迎えに来たのだろうと恐ろしがったそうです。

男色というと、戦国時代の武将とか、江戸時代の陰間をつい思い出しますが、平安時代末から鎌倉時代の公家社会には蔓延していたようです。
正直、この手の古典作品を読むのは、こういうエピソードが見つかるのが面白くて読んでいるのでありました。

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「星新一 一〇〇一話をつくった人」

最相葉月著「星新一 一〇〇一話をつくった人」(新潮社)
この本は星新一の評伝です。

この本を読むきっかけは、私も中学時代に星新一にはまっていたから。
でも、最大の動機となったのは、星新一の母方の祖母が森鴎外の妹である…そういう新聞の書評を読んだことからでした。
実はうちの旦那も森鴎外と血縁関係があるそうなので……。
だから、この本に余計に興味を持っていたんです。

しかし、実際に読んでみると……。
正直、私は読んでいて切なくてたまりませんでした。
もちろん、黎明期の日本SF小説界の話等、すごく面白く興味深いものが豊富でした。
けれど、それ以上に物語を紡ぐ辛さや苦しさ…それがたまらなくて。

そして、評伝の中で、星新一が何度か賞を欲しがっていたこと触れられていたこと。
また、担当していた編集も、そして、多くの読者が読んでいるはずなのに、その物語を覚えてない状況。(それはファンだった私も同じ)
日本にSFを根付けてくれた最大功労者であり、ショートショートの面白さを教えてくれた人に対して申し訳なくなってしまいました。

また、この評伝を読んでいる時、手塚治虫との交流もそこかしこに描かれていました。
その時に、作品を覚えてもらっている部分では手塚治虫は星新一より報われていると思うのですが、黎明期に大人達に評価されなかった苦労、そして、勲章とは無関係だったことが思い浮かび、より悲しくなってきました。

悲しい、切ないと悲観的なことばかり書いてしまいましたが、この評伝は小説だけでなく、物語を作ることに携わっている人は一度読む本のように思います。
産みの苦しみ、それを知っている人には私以上に辛い内容かもしれません。
けれど、新しいものを生み出していく人にとって、この先駆者の偉業は知るべきだと思います。

ハードカバーで570ページ以上の本ゆえ、中々、読み終えるのは大変でした。
早く、文庫化して欲しい、そういう気持ちも残りました。

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バジル氏と鬼平

相変わらず、坂田靖子を読みふけっています。
やっぱり、坂田靖子の中で一番の作品は、と言ったら「バジル氏の優雅な生活」(白泉社文庫・全5巻)を挙げざる得ませんね。
絵といい、物語といい、キャラクターといい、全てが揃っている坂田靖子の代表作だと私は思っています。
そんな「バジル氏」を読み返しているうちに気づいたことがあります。

私がバジル氏を好む理由って、池波正太郎の「鬼平犯科帳」(文春文庫)に求めていたものと、一緒だったんです。

両作品に共通していると思うこと。

基本が両作品とも短編仕立て。
鬼平の方は、文庫本一冊って長編もありましたが基本は短編。バジル氏の方は一話完結もの。
だから、短時間に一話だけ楽しむってことができる。……もっとも、できるはずなんだけど、できた試しがない。結局、一冊読み終えるまで止まらない。

鬼平もバジル氏も懸命に生きている人たちに対して優しい。
その優しさも、表から手を差し伸べるのではなく、影でこっそり手を回していることが多い。
そのやり方が、鬼平の場合は粋に見え、バジル氏はスマートに見える。

ふたりとも、ユーモアがあること。
鬼平はたまにですが、部下とか馬鹿息子に対して、イタズラのようなお仕置きをしますね。それが読者にとって笑いになるんです。
バジル氏はお仕置きではないけど、やはり、読んでいる人に笑いを与えるような手口で、色々なことを仕掛けてます。

怒った時は厳しい。
まぁ、鬼平は職務的に当然ですね。
バジル氏の方は、公権力を持っている訳ではないので、鬼平ほどではありません。しかし、汚い手を使う人間は毅然と退ける。

……たぶん、鬼平もバジル氏も人生を楽しむ名人なんだと思います。人生の甘い部分だけでなく苦い部分も味わえる。そんな男性が主人公だから、共通項が多いのでしょうか?
ただ、バジル氏の方が年齢が若いし、少女漫画誌に掲載された作品だから、若干、苦いといっても甘みの混じった苦さですけどね。

そして、最後に大きな共通項。
これは、キャラクターが似ているということではなく、全ての池波小説と坂田漫画に共通している魅力なんですけどね。

どちらも料理が美味しそう。

池波ファンの中には、小説中に出てくる料理を真似して食べる、そんなファンがたくさんいるようです。それくらい、美味しそうに書いてあります。
坂田靖子の作品もそう。それも絵で表現された美味しそうな料理ではなく、言葉(ネーム)で表現された美味しそうな食べ物が多い。これね、言葉に頼ってるんじゃないと思う。読者が言葉に酔わされてしまう力を持っているんですよ。
この「美味しそう」という坂田靖子の魅力は、自力で気がついたんじゃないんです。「バジル氏~」の白泉社文庫第4巻の解説で南條竹則さんが指摘してくれたことなんです。
この「バジル氏~」の解説は、全巻、南條竹則さんが書いていらっしゃいますが、作品世界が広がるような内容ばかりで、文庫版も買って良かったなと思えるものなんですよ。これぞ、解説文、そういう内容です。だから、私なんて感想すら書けなくなってしまう……。
ともかく、どれくらい美味しそうなものが出てきたか、どの作品でもいいから、ご自分の目で再確認してください。絶対にお腹が減ってくるから……。

そんなバジル氏の中で私のベスト5を選んでみました。たぶん日によって変わっちゃうけどね。今現在ということで……。

 「スキャンダル・クラブ」いかがわしい噂好きが集まるクラブが舞台の話。気の利いたオチが大好きなんです。常にベストに残す作品。
 「ウィッシュ・ボーン」バジル氏唯一の失恋話。でも、振った彼女が素敵なんだもの。そう言えば、波津彬子さんの「麗しの英国シリーズ」って、この「ウィッシュ・ボーン」にインスパイアされた作品のように感じるんですが……。似てると思いませんか?
 「夢見る頃を過ぎても」ウォールワース議員と、彼の父である警視総監の会話が大好きなんです。そして何よりも議員さんの片思いに決着がついたから、この話が好き。
 「美食の報酬」バジル氏の友人である、画家・ネクロファーさんが良い形で絡んでいるのでコレを推薦。
 「イングリッシュ」実はこの作品が好きというよりも、こうやって並べてみたらルイ君の活躍する話を選んでいなかったので、一番活躍しているこの話を選びました。

今回は、どうもハッピーエンドの話ばかり選んでいるようです。苦さがある「ランスロットの遺産」も捨てがたい作品だと思っています。

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「のぼうの城」

和田竜の「のぼうの城」(小学館)を読了。

4月4日の朝日新聞朝刊に「のぼうの城」という本の広告が載っていました。
それを見た瞬間に、これはおもしろそうだ…という予感をビンビン感じてしまったんです。

夫は「図書館に予約しなさいな」と言いましたが、結局、目を盗んで本屋へ。
さらっと、立ち読みしてみると、文章のテンポも良さそうだったので、早速、買って帰りました。

概略を説明すると、秀吉の小田原城攻めの際に、石田三成は盟友の大谷吉継と共に小田原城の支城である忍城(おしじょう)攻めを命じられ、水攻めを計略します。
しかし、その城攻めは三成の敗戦で終わるんですよ。この敗戦のため、三成はその後の歴史では戦下手という評価を受けたほどの大負けをしているんです。
この小説は、その忍城攻めを描いたものです。

タイトルの“のぼう”ですが、これは籠城側の忍城城代だった成田長親のアダナです。
要するに、“でくのぼう”を略したアダナなんですけどね。
武芸に秀でる訳でなく、頭も良さそうに見えず、不器用で田植えをすれば領民から迷惑がられる。(領民すら、面と向かって“のぼう様”と呼ぶような始末)
だけど、憎めない。憎むどころか、周囲の人間が「こいつが言うなら仕方ないか」と、つい、手を貸したくなる人柄。
そんな漢の物語なんです。
私の中では文章に描かれた容姿の印象から、石塚英彦さんをイメージして読んだ……と言ったら、何となく、わかっていただけるでしょうか?

正直、忍城という地名は、埼玉育ちではない私にとっては記憶に残りにくい地名です。
だって、今は地名で残っていないんだもの。現在の埼玉県行田市にあった城なんだよね。
そして、時代小説は好きなんですが、実のところ、軍略とか城攻めというのは、ほとんど頭の中でイメージできなくて……。
だから、こういう小説の場合は、人間ドラマ重視、キャラクターの魅力重視で読んでしまうんです。
このふたつの視点に関して、本当に面白い小説でした。つまり、私的には大満足!

主人公の“のぼう様”の魅力はもちろん、彼の下で働いた侍大将たちの個性。
そして、何よりもこの城に籠城している姫君の甲斐姫の勇ましさ。
誰も彼もが魅力的に描かれていました。

最終的に、本城にあたる小田原城が落城したため、忍城は開城となりましたが、そこには敗戦の悲劇のような苦さはまったく残りませんでした。
小説の中に全体に流れているのは、明るさだったからです。
ただ、明るいからこそ、グッと来てしまうシーンもありました。

いや~、文庫本になるまで待つことなく、旦那の目を盗んで買ってきた甲斐があったね。

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太平洋に浮かぶピンクの島

桜の便りが聞こえてくると、必ず読み返している漫画があります。
それは坂田靖子の「マーガレットとご主人の底抜け珍道中 旅情篇」(ハヤカワ文庫JA)に収録されている「ジャパン・ライフ」という作品です。

坂田靖子と言えば、大英帝国時代を舞台にした連作シリーズ「バジル氏の優雅な生活」(全5巻・白泉社文庫)や、日常に隣接した不思議を描いたSF掌編集「闇夜の本」(全3巻・ハヤカワ文庫JA)を代表作に押す人が多いと思うんですよ。
もちろん、この2作とも私の愛読書です。
けど、桜の時期だけは、どうしても、坂田靖子が描いた“タルカム君とマーガレットさん夫妻”の漫画が読みたくなってしまうんですよ。
その理由は、「ジャパン・ライフ」にある以下のセリフのせいです。

四月には
日本の島全体が
サクラで埋まり
空から見ると
ピンクの雲が
太平洋に浮かんで
いるようです

このセリフはね、奥さんのマーガレットさんが読んでいた日本を紹介するガイドブックに載っているという設定で書かれた文章です。
ただし、このガイドブックはいい加減な本でして、「日本には今でも人力車が走っている」と書かれているわ、「清潔好きの日本人は一日中風呂に入っている」とか、「日本の家屋は紙と木だから火を使うと燃えやすいからお魚はナマで食べる」などと書いてある、とんでもガイドブックなんですけどね。
でも、桜の時期に空から見たらピンクの雲が太平洋に浮かんでいるって表現は素敵だと思いませんか?
このセリフに惚れ込んでいるため、毎年、この時期が来ると、必ず、この本を読み返してしまうんですよ。

実際、もし私に外国人の友達が出来て、来日したいと言われたら、桜の時期に来るように奨めたいですね。
街中が桜で彩られて綺麗な時期ですし、人々は浮かれて宴会をしている。
見て一番面白い時期だと思うんですよね。
綺麗だけだったら、紅葉の時期を奨めますが、日本人が桜に酔って浮かれてる図は笑えると思うんですよ。
唯一の問題は、路上に捨てられたゴミが多いことです。これだけは問題だな~

あと、ヘリコプターまたは飛行船観光をするなら、桜の時期って言うのもいいよな~。
実際の東京のソメイヨシノは薄桜色って感じで、ピンクとは言い難いんですけどね。
それでも、私のイメージの中では、坂田靖子が作ったセリフのように、ピンクの雲が見えるんじゃないかと期待しちゃうんですよ。

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